いよいよ開幕する東京五輪。私には注目している数字がある。「2012年ロンドン五輪で7%、16年リオデジャネイロ五輪で27・4%」。これは日本代表女子選手のうち、低用量ピル等のホルモン剤によって月経調整を行った人の割合だ。これが今回、どのくらいの割合になっているのだろうか。ちなみに欧米では00年の時点で50%を超えていたというデータがある。
▽レースに月経が重なって
そのリオ五輪。競泳の中国選手が「レースに月経が重なりコンディションが十分でなかった」という内容の発言をして話題になった。それを見て声を上げたオリンピアンがいる。競泳で五輪2大会に連続出場した伊藤華英さんだ。念願の初出場だった08年北京五輪に月経が重なることが分かり、直前にホルモン剤によるコントロールを試みたが、副作用で満足なパフォーマンスができなかったことを告白したのだ。
しかし、引退後に異なる種類のホルモン剤を使用したところ問題なく内服でき、自分に足りなかったのは情報と産婦人科へのアクセスだったと気付いたという。自らの経験を次世代の女性アスリートに伝える活動を始め、一般社団法人「スポーツを止めるな」の中で「1252プロジェクト」を立ち上げた。
プロジェクト名の数字は、1年52週間のうち、毎月1週間、1年で12週間という月経に煩わされる期間「52分の12」を示す。プロジェクトの賛同者には、同じく競泳で00年シドニー五輪から3大会連続で出場し、04年アテネ五輪の女子200メートルバタフライで銅メダルを獲得した中西悠子さんも名を連ねている。
▽余計な口出しをしてくれるな
アテネ五輪の前哨戦だった03年世界水泳選手権。私は中西さん、伊藤さんらと一緒に開催地のバルセロナにいた。日本水泳連盟からチームドクターの1人として派遣されたのだ。産婦人科医である女性医師がチームドクターを務めるのは初めてのこと。若かった私は意気込んでいた。
事前のメディカルチェックのアンケートで月経に関する問題点を拾い上げ、月経調整の希望があれば対応しようとした。しかし、初めての試みには風当たりも強く「余計な口出しをしてくれるな」という声も聞こえた。それでも、希望者数名に対して月経周期において低用量ピルがどのように働くかについて説明したうえで、月経調整を行った。
特に印象的だったのが当時22歳だった中西さんだ。10代からすでにホルモン剤による月経調整をしていたのだ。聞けば、月経がレースに当たるとタイムが落ちることをコーチから指摘され、母親とともに地元の産婦人科を受診したという。
当時30代と若手だった男性コーチの慧眼(けいがん)に感服するとともに、アドバイスを素直に行動に移したところがメダルにつながる決断力なのだろうと感じた。処方されていたのは当時月経周期の調整に頻用されていた中用量ピルであったため、より副作用が少ないと考えられる低用量ピルへの変更を提案した。ご本人によると、変更によって確かに副作用が軽減され、世界選手権後も安心して月経調整ができるようになったそうだ。
▽我慢しなくてよい時代
欧米から遅れること30年、1999年にようやく「経口避妊薬」として認可された低用量ピルは、2008年には「月経困難症治療薬」として保険適用となった。これを皮切りに月経困難症の治療薬は改良が進み、選択肢も増えた。副作用が強くて治療を受けられないという人はほとんどいなくなった。
14年には日本産科婦人科学会などが一般社団法人「女性アスリート健康支援委員会」を設立。全国の女性アスリートが地元の産婦人科を安心して受診できる体制を整えるといった活動を続けている。順天堂大や東京大など大学病院レベルから、一般のクリニックでも女性アスリート専門外来を掲げるところが増えてきている。
私のクリニックは、10年にいち早く女性アスリート診療を掲げて開院した。当院で月経対策を行っているアスリートも数人が東京五輪に出場する。コロナ禍での五輪開催自体には医師として疑問を感じないわけではない。だが、大会開催が決まったからには、選手は最善を尽くすしかないのも十分理解している。ベスト・パフォーマンスができるよう願い、エールを送りたい。
「産婦人科受診のハードルは高い」と言う声は、残念ながらいまだに大きい。しかし、思春期から産婦人科に通い、月経の悩みが軽減され、快適に過ごしている女性は確実に増えている。このことはもっと知られてよいと思う。月経は我慢しなくてよい時代になったのだ。アスリートに限らず、女性が人生で最高のパフォーマンスを実現させるために「かかりつけ産婦人科医」をぜひ見つけてほしい。
月経のために実力を発揮できなかった、というニュースは、もう見たくない。
引用元:
開幕前夜、女子選手を悩ます月経の問題 産婦人科医(47NEWS)