日本では、実際に不妊治療や検査を受けたことがある夫婦が約6組に1組いると言われる。だが、男性視点での不妊対策は非常に少ないのが現状だ。こうした状況を打開すべく精子や精液成分を検査するサービスが誕生し、徐々にメンズヘルス業界でも注目されつつある。2018年、世界初の精液成分検査サービスを開始したダンテの取材を軸に「精子テックの今」を報告する。

不妊の約半分は男性に原因か

2016年に発表された厚生労働省研究事業の男性不妊に関する調査では、82.4%の男性が造精機能障害を抱えていることが判明した。文字通り、造精機能とは精子を造る機能のことであり、不妊と深い関わりがある。報告書でも「不妊の原因の半分は男性にある」と指摘しているが、まだまだ不妊治療は婦人科で受けるものといった考え方が主流で、男性が主体的に不妊治療を受診する環境は整っていない。

昨今は科学的な側面から男性不妊の原因研究も進む。2020年1月、国際医療福祉大学、東京大学、医療機器ベンチャーの日本医療機器開発機構(JOMDD)は共同で、自動精子選別装置の開発を行うことを発表。AI(人工知能)が熟練の胚培養士の判断をサポートし、良好と判断された精子細胞の選別を自動化する。また2020年4月には大阪大学微生物病研究所の藤原祥高招へい准教授らが、哺乳類の受精膜融合に関与する精子膜タンパク質を発見。男性不妊の新たな原因遺伝子として診断・検査の対象となることが期待されている。

一方、より手軽に精子の状態を検査するサービスもいくつか存在する。リクルートライフスタイルの「Seem(シーム)」は、スマホを利用して自宅で精子濃度や運動率を確認できる。専用キットのスマホ顕微鏡レンズに採取した精液を垂らし、専用アプリで撮影してチェックする。TENGAヘルスケアの「TENGA MEN’S LOUPE(テンガメンズルーペ)」も同様のサービスで、キットのルーペをスマホのカメラでのぞきながら精子の状態を観察する。キットの価格はSeemが3980円(税込み)、TENGA MEN’S LOUPEが1650円(同)と低コストに抑えた。

一歩進んだ検査を提供するのが、ダンテの「BUDDY CHECK(バディチェック)」である。採取した精液を郵送して、精子の動きや状態のみならず「精液成分」を詳細に測定する。成分の内訳は酸化DNAの8-OHdG、男性ホルモンのテストステロン、精子の持久力に関わるクレアチン、精子量に関わる亜鉛、アンチエイジングにも関連するスペルミンの5種類。検査結果はWeb画面で確認する仕組みだ。全5項目を検査する場合は1万3200円(税込み)となる。

精液成分を検査するサービスは世界初ゆえ、2018年の開始当初は多くのメディアで話題となった。では、現在の男性不妊およびメンズヘルスを取り巻く状況はどうなっているのか。ダンテ代表取締役CEOの瀧本陽介氏に話を聞いた。

――「BUDDY CHECK」を始めようと思ったきっかけは。

ダンテの親会社は名古屋大学発ベンチャーのヘルスケアシステムズで、郵送による検体検査や臨床試験などを主業としています。5年ほど前、ある学会に出展したときに、順天堂大学の堀江重郎教授から「おたくはいろんな検体を検査しているけど、精液を測ることはできないのか」と尋ねられました。堀江先生は泌尿器科、メンズヘルスの大家であり、精液にはいろんなバイオマーカーがあるはずなのに、医療機関でもあまり検査していないことを不思議に思っていたようです。それがヒントになりました。

それまで当社では尿や便、涙、皮膚片などを対象としてきましたが、精液は検体として手つかずの状態で残っていた。そこで新しい検体のターゲットにしようと考え、2017年3月にダンテを設立しました。大きなテーマは男性側からの不妊治療ですが、ED(勃起機能低下)や男性更年期障害など、広く男性の健康に役立てられるのではないかとの思いがあります。

――精子検査のキットもありますが、それらとの違いは。

精液は精巣で作られる精子と、前立腺と精のうから分泌される液体の精しょうから成っています。BUDDY CHECKで測るのは、精しょうの部分。ここには、精子の能力を活性化するさまざまな成分が含まれています。BUDDY CHECKではテストステロン、クレアチン、スペルミン、亜鉛、8-OHdGと最大で5つの成分を検査します。

発売前の2017年秋にはクラウドファンディングで支援者を募り、最終的に194人に検体協力していただきました。不妊治療での採精はありますが、普通は精液の成分を測る機会はありませんので、一般の人の精液がほしかったからです。

――調査の結果、どんなことが見えてきましたか。

例えばお酒を飲まない人よりも飲む人、ブリーフよりもボクサーパンツを好む人のほうが精液中のテストステロンが多いことがわかりました。テストステロンは男性ホルモンの1つで、男らしさの源として知られています。また、精子の持久力を上げると見られるクレアチンは、早朝勃起(朝立ち)の頻度が高い人ほど多い傾向にありました。とは言え、これらはあくまでクラウドファンディングに参加した方々のサンプルであり、まだ実現したいことの1%ほどしか進んでいないのが現状です。

精液は検体として宝の山だと思っている

――どんな人たちがBUDDY CHECKを利用していますか。

メインは不妊で、30〜40代がボリュームゾーンです。ここ数年で男性不妊に対する意識もだいぶ変わってきたと感じています。妊活にもかなり協力的になってきたので、妊孕性(にんようせい、妊娠しやすさのこと)のサポートであれば、排卵日にあわせてコンディションを保つために継続検査を推奨しています。それでもいまだに女性と男性では隔たりはありますが。両者の大きな違いはプライド。男性は検査した結果、自分が問題で妊娠がうまく行かないことを直視したくない。一方、女性は現実を直視して原因を探ろうとします。

50代以上の中高年だとEDが増えますね。テストステロンの低下はEDに関係があることがわかっていますから、結果を見て診療を受けられる方も多いのではないでしょうか。タブー視されがちですが、性欲は食欲、睡眠欲と並ぶ大事な欲求であり、性生活は生きていく上での大きな楽しみでもあります。しかも生命に直結しないためアカデミアのメスが入りにくい領域。この部分の研究を突き詰めればQoL(生活の質)向上にもつながります。

――確かに、ほかの検体とは違いタブー視されることも多そうです。

はい。精液を採取して送るなんて恥ずかしい、そうした見方があるのは理解しています。ただ、将来的には当たり前になるだろうとの思いもある。ヘルスケアシステムズで2012年から提供している「ソイチェック」は、女性の更年期症状や美容に関わるエクオールを検査するキットですが、当時は人前で女性が更年期症状を明かすことはほとんどありませんでした。それが今では累計30万人を超えるユーザー数にまで成長しました。

ダンテと前後してSeemやTENGA MEN’S LOUPEのような精子測定ソリューションが出てきたこともあり、医師たちが注目していることも確かです。精液は血液のように採取に痛みを伴わず、普段は捨てているわけです。それを健康のために再利用すると考えれば、見方も変わるはず。社会の風潮が変われば、きちんと普及するポテンシャルを秘めていると思います。

――ブレイクスルーのための課題は?

ユーザーに検査結果を示した先の「解決策」を提供することです。そのために明確なエビデンスを蓄積して、改善に資するサプリや運動プログラムなどと結び付けていきたい。いずれにしろ、検体としての精液が宝の山との考えは変わりません。アカデミアからの精液成分に対する興味は高く、今も横浜市立大学や静岡県立大学と共同研究をしています。今後はテストステロンやクレアチン、スペルミンなどの成分が男性の健康にどのように作用するかの研究を続け、大学発ベンチャーの強みを生かしていきたいと考えています。精力増進、男性機能回復の領域はどうしても昭和のイメージになりがち。我々は確かなエビデンスでそこにイノベーションをもたらすことができる。そんな自信を持っています。


引用元:
潜在能力は十分、精液成分検査はメンズヘルスにイノベーションを起こすか(新公民連携最前線)