要旨

理化学研究所(理研)多細胞システム形成研究センター染色体分配研究チームの北島智也チームリーダーと京極博久基礎科学特別研究員の研究チームは、卵子が染色体数異常になりやすい理由の一つは「卵子のもととなる卵母細胞[1]の細胞質サイズの巨大さ」であることを実験的に示しました。

成長した卵母細胞は、大人の体の中で最も巨大な細胞の一つです。卵母細胞は減数分裂[2]を行うことで卵子となり、精子と受精して胚発生の開始点となります。受精後の胚発生を正常に行うためには、卵子は正常な数の染色体を持つ必要があります。ところが、卵子では染色体数の異常が頻繁にみられます。染色体数異常の卵子が受精すると、その多くは正常に胚発生できず、着床前に失われるか、流産となります。出産まで至った場合には、ダウン症(21番トリソミー)[3]などの染色体数異常による先天性疾患を引き起こします。卵子の染色体数は、卵母細胞の減数分裂における染色体分配によって決定され、染色体数異常はその染色体分配に間違いが起こることでもたらされます。しかし、なぜ卵母細胞で染色体分配に間違いが起こりやすいのかはよく分かっていません。

研究チームは、他の細胞にはない卵母細胞の特別な特徴である「巨大な細胞質サイズ」が染色体分配を間違えやすい性質と関係していると考えました。そこで、マウス卵母細胞を顕微操作し、半分の体積および2倍の体積の細胞質を持つ卵母細胞を作出しました。半分の体積の細胞質を持つ卵母細胞では、通常の卵母細胞と比較して、染色体分配のための細胞内装置である紡錘体[4]の機能性が次の二つの点において優れていました。まず、「紡錘体の極」が狭くなったことで、染色体をより効率よく紡錘体の赤道面に整列させ、染色体分配の準備をより早く整えることができました。また、「紡錘体チェックポイント」の厳密性が高く、異常な染色体があった場合に、染色体分配の間違いを効率よく防ぐことができました。反対に、2倍の体積の細胞質を持つ卵母細胞では、これらの点において紡錘体の機能性が下がっており、実際に染色体分配の間違う頻度が上昇していました。これらの結果は、卵母細胞の細胞質サイズが巨大であることが、染色体分配に間違いが起こりやすい原因となっていることを示しています。

今後、これらの分子機構を明らかにすることで、卵母細胞の染色体分配の正確性を向上させる方法を確立できる可能性があります。

本研究は、米国の科学雑誌『Developmental Cell』(5月8日付け)に掲載されました。


背景

細胞は分裂する際、二つの娘細胞に均等に染色体を分配します。これにより正確な数の染色体が娘細胞にもたらされ、それは細胞の生存および正常な機能に必須です。そのため、細胞は通常、染色体分配を正確に行うための機構を備えており、染色体分配に間違いはほとんど起こりません。

ところが、卵子の前駆細胞である卵母細胞の減数分裂は例外です。この細胞分裂では、一般に10〜30%という高い頻度で染色体分配の間違いが起こります。このような間違いを通して作られた卵子は染色体の数が異常となり、受精したとしてもその多くは正常に胚発生できず、着床前に失われるか、流産となります。出産まで至った場合には、ダウン症(21番トリソミー)などの重篤な先天性疾患を引き起こします。しかし、なぜ卵母細胞の減数分裂で染色体分配の間違いが起こりやすいのかはよく分かっていません。

卵母細胞の特徴の一つは、その巨大な細胞質のサイズです。卵母細胞は卵巣にある卵胞の中で成長し、排卵の前に減数分裂の分裂期へ進行します。成長した卵母細胞のサイズは、マウスでは直径約80マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1ミリメートル)、ヒトでは直径約120μmの球形をしており、その体積のほとんどを細胞質が占めます。実験によく用いられる哺乳類培養細胞が分裂期で直径約25μmであることと比較すると、成長した卵母細胞のサイズは巨大であるといえます。実際に、成長した卵母細胞は大人の体内で最も大きな細胞の一つです。研究チームは、卵母細胞の大きな特徴の一つである巨大な細胞質サイズが、染色体分配を間違えやすい性質と関係しているのではないかと考えました。

研究手法と成果

研究チームはマウス卵母細胞を用い、顕微操作によって細胞質サイズを変化させる実験系を確立しました。卵母細胞の細胞質をマイクロピペットにより定量的に除去することで、半分の体積の細胞質を持つ卵母細胞を作出しました。また、核を除去した卵母細胞を、他の卵母細胞と融合させることで、2倍の体積の細胞質を持つ卵母細胞も作出しました(図1上)。

これら細胞質サイズを変化させた卵母細胞について、減数分裂の分裂期における染色体分配の過程をライブイメージングして動画に収めました。この動画を用いて、染色体の動態と、染色体分配のための細胞内装置である紡錘体の動態について四次元解析を行いました(図1下)。その結果、細胞質サイズが与える二つの主な影響を見いだしました。

一つ目は、「紡錘体の極」への影響です。卵母細胞では、紡錘体の両端に複数の微小管重合中心[5]が分布し、他の細胞でみられる紡錘体極よりも広めの紡錘体極[5]を形成しています。この広い紡錘体極を持つという特徴が染色体分配の間違えやすさと関連している可能性が以前より考えられていました。

研究チームは、卵母細胞の細胞質サイズを小さくすると、紡錘体極における微小管重合中心の分布がより狭くなることを見いだしました。このような極を持つ紡錘体はより効率的に染色体を赤道面に整列させ、正確な染色体分配のための準備を整えることができました。一方、細胞質サイズを大きくすると、紡錘体極における微小管重合中心の分布が非対称的に広がってしまい、赤道面での整列に失敗する染色体の頻度が上昇しました(図2)。これらのことから、卵母細胞の巨大な細胞質サイズは紡錘体極を広げることで、正確な染色体分配のための準備を整えにくくしていることが分かりました(図3)。

二つ目は、「紡錘体チェックポイント」への影響です。通常、細胞は厳密な紡錘体チェックポイントを持っており、紡錘体の赤道面への整列に失敗した染色体が少しでもあると、細胞周期を停止させて染色体分配の間違いを防ぎます。しかし卵母細胞では、紡錘体チェックポイントの厳密性が低く、整列に失敗した染色体が少数あっても染色体分配へと進行し、結果として間違った分配を行ってしまうことが知られていました。

研究チームは、卵母細胞の細胞質サイズを小さくすると、紡錘体チェックポイントの厳密性が高まり、整列に失敗した染色体が少数あった場合でも、細胞周期を停止して染色体分配の間違いが防がれることを見いだしました。一方、細胞質サイズを大きくすると、紡錘体チェックポイントの厳密性が低下しました。

これらのことから、卵母細胞の巨大な細胞質サイズは、紡錘体チェックポイントの厳密性を制限し、間違った染色体分配を許してしまう状況を作り出していることが分かりました(図3)。

これらの結果は、卵母細胞の巨大な細胞質サイズは紡錘体の機能を制限し、染色体分配の間違いが起こりやい状況を作り出していることを示しています。それではなぜ、卵母細胞は巨大な細胞質サイズを持つ細胞に進化したのでしょうか。卵母細胞の巨大な細胞質は、卵子となり受精した後で胚発生を支持するために重要であると考えられます。もしそうだとしたら、卵母細胞は胚発生の開始点となるという特別な役割を果たすために、巨大な細胞質サイズを持たざるを得なかったのかもしれません。研究チームは、卵母細胞の染色体分配を間違えやすいという性質は、卵母細胞の特別化された能力のトレードオフ(二律背反)として理解できるのではないかと考えています。

今後の期待

本研究により、卵母細胞の巨大な細胞質サイズが紡錘体極の機能と紡錘体チェックポイントの厳密性を制限し、染色体分配を間違えやすくしていることが明らかになりました。しかし、細胞質サイズに依存して紡錘体極の機能が低下する分子機構、および紡錘体チェックポイントの厳密性が低下する分子機構は解明されていません。これらの分子機構を明らかにすることで、卵母細胞の染色体分配の正確性を向上させる方法を確立できる可能性があります。

また、卵母細胞が巨大であることは受精後の胚発生に重要であると考えられますが、具体的にどのような細胞内プロセスを支持しているのかは分かっていません。これを明らかにすることで、特別化された卵母細胞が抱えるジレンマの実体に迫ることができると考えられます。


引用元:
卵母細胞はその大きさゆえに間違いやすい−卵子が染色体数異常になりやすい理由−(理化学研究所)